2022年09月26日

質問者さん

文化盗用の議論があります。ある人は、表現者の無意識・無知蒙昧さによって引き起こされると仰いますが、一体盗用の線引きはどこまでなのでしょうか?

2022年09月28日

東京藝術大学お嬢様部OGOB

東京藝術大学お嬢様部OGOBさん

線引きはネットやTwitter等を見ているとないように思います。ポストコロニアル研究によって、少数側の民族の「信仰」に関する衣装や儀式・文化を多数派がファッションだったりカジュアルに利用して、さらに利益を得ることへの問題提起が、大学の外に出てSNSの普及と併せて大衆化した結果、何でもありの容態を見せています。以下長文(解答者の基本態度はオブザーバー紙のSteve Pattersonの2015年11月20日の論説に近いので、文化盗用の氾濫には懐疑的な立場になります) 米国オレゴン州ポートランドで2016年、地元の女性が「サフラン・コロニアル」というレストランをオープンしましたが、激怒した暴徒が集まり人種差別であり植民地主義を美化していると批判されました。白人はそもそもDNAが違うから旧植民地の料理を作る権利がない、という主張まででます。 2017年は現地の夫婦がキッチンカーでブリトーの販売を始めましたが、メキシコ人でもないのにブリトーを売るということで批判が殺到して廃業に追い込まれています。その後活動家は「ポートランドで白人が運営する文化盗用型レストランに対する代替案」を提出し、外国料理を白人がやるなという内容です。 どうやらこのあたりから主にSNSの普及に合わせて「文化の盗用」の線引きが無茶苦茶になってきました。他に有名な例としてパーティーでチャイナドレスを着たことによる文化盗用の炎上がありましたが、批評家アンナ・チェンがその騒動への明晰な批判を展開しています(The Guardian2018年5月4日)。キリがないのでこの辺で。 この問題を考える際に必ず出てくる(これを知らないで文化盗用を語る芸術関係者はは似非)2016年のブリスベン作家フェスティバルにおけるライオネル・シュライバーが「Fiction and identity politics」と題した講演で、小説家や芸術家は表現したいことを表現する正当な権利があるのではと訴えました。彼女は登場人物としてラテン系やアフリカ系アメリカ人をかなり描写していますが「〇〇人というだけでは私が理解している意味での登場人物にはならない」のであり、作家は自由に書くべきだと主張します。これが炎上しました。有名な批判としてはアブデル=マジッドの(作家の自由な表現の主張を冷静に考えた上で批判するのではなく、こんな態度がジェノサイドの土台になるという)があります。The Guardianで双方まだ読めると思います。シュライバーは保守的な政治思想を持っている作家とはいえ、私には特段間違ったことを言っているようには思えませんでした。他の方の感想も聞きたいです。 2019年のブッカー賞受賞者では初の黒人女性でもあるバーナディン・エヴァリストは文化盗用の概念を却下し、作家に「自分の文化を超えて書く」ことを批判するのはばかげていると論じています。作品にとって肝要なのはテーマであり主張であって、それは作家や作品の登場人物が白人だとかアジア系だとかより重視されるべきだという立場です。 ここ最近では哲学者のクワメ・アンソニー・アピアが、文化盗用は本来あったはずの線引き(信仰の対象を剥奪し別文脈で商業化するようなこと)から離れ、「不快」や「無礼だ」という声から始まっていることと、それらが軽蔑的な行為とはいえ財産犯であるかのように叩くのは分類の誤解で不適切、とニューヨーク・タイムズで何回も指摘しています。(2020年1月21日と8月17日) 文化盗用から派生した混乱はなぜ起きるかというと、ダグラス・マレーによれば「社会が同時に複数のプログラムを実施しようとしているから」です。この社会には世界のあらゆる文化を評価してそれらに触れやすくしようとするプログラムがある一方で、特定の条件を満たさなければ文化の違いを乗り越えることはできないというプログラムも同時に実施されているからです。前者はこれまでの教育や博物館・美術館が20世紀前半までの反省の上にやってきたことですが、後者は未完成で、かつ学者や研究者ではなく活動家と呼ばれる人たちが担っているように思えます。 またこの社会には人種や国籍と文化は違うよねと考えるプログラムがある一方で、両者は全く同じであり、他の人種や国籍の文化を侵害するのは人種差別的な攻撃であり「盗用」だと考えるプログラムも実施されています。つまり引き裂かれているのです。これは賛成だがこれには反対なのでだったらこうしたら良い、というような話し合いができないほど真逆のベクトルに進むものが、同一の社会で同じように展開されていることに問題があります。だから議論は噛み合いません。 とはいえ後者の、「人種や国籍と文化の両者は全く同じであり、他の人種や国籍の文化を侵害するのは人種差別的な攻撃であり「盗用」だと考えるプログラム」は答えが出せないと判断されたために社会の奥底に隠された危険な問い《人種はハードウェアなのかソフトウェアなのか》という疑問にたどり着きます。 私はこれ以上この問題を掘り下げる気はないですが、かつて人種やその人とその出身の国というのは何にも勝るハードウェアとみなされ、それらによってその人が定義され、それ以外のことはたいてい無視されてきました。リベラルな思想家や活動家たちが必死に努力して運動した結果、確かにそれらは重要な要素だけどその相違を埋められないわけではないという認識が生まれ、実際感謝の気持ちや愛情から別の文化や人種の一員になりたいと思うのであれば、いくらでもその一員になれるようになりました(日本文学者のドナルド・キーン氏など)。 そのような本来的にリベラルな運動に反対する方向へ今の一部リベラルは突き進んでいます。馬鹿げた白人ナショナリズムの残党よりもバーバラ・アップルバウムらリベラル知識人の方が側から見れば人種差別的で矛盾していることがあります。そのあたりが私にはよくわかりません。 長々と書いてきましたが、文化盗用の話は学術的な諸々も絡んでくる「巨大で重たい」話です。これで変に批判され人生をめちゃくちゃにされた方も少なからずいます。ですから高い学識と慎重な分析が問われるものであり、批判肯定どちらの立場においてもたくさん勉強する必要があります。エリート主義的だと批判されそうですが、とはいえカジュアルに「これ文化盗用じゃね」と言っていい代物ではないと私は考えます。私も勉強途中ですから批判されても仕方ないですし、受け入れたいと思います。 そして最初の質問に対してですが、文化盗用の線引きを火付け役の活動家や批評家に任せるのではなく、学術人が冷静に決めて理解を訴えていき、完全とはいえないまでも明晰な基準を打ち出すべきだと思います。とにかく「お気持ち」で決まることはやめていただきたいです。

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04月10日

石川啄木の「はてしなき議論の後」という詩の中に、世の中について熱く議論を闘わせても革命の声を上げることがない青年達の姿が書かれています。 ①1911年に書かれた詩のようですが、当時の日本は日露戦争に勝って大国の仲間入りをした時期と思います(戦争の人道問題にはここでは触れません)。20世紀前半の日本の中ではかなり豊かな時期だったと思いますが、社会への不満は渦巻いていたのでしょうか。 ②熱い議論に冷水を浴びせるような詩ですが、石川啄木は時代から浮いていたのでしょうか。インテリ的な潮流に正面から殴りかかるような作品は歴史の中にぽつぽつと現れるものなのでしょうか。矛盾しているようですが、インテリ的な態度を批判するのも文学的には王道なのかなと、感想のような疑問を持ちました。 漠然とした質問ですみませんが、よろしくお願いします。

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02月27日

ロバート・キャパ撮影の《崩れ落ちる兵士》が戦闘中ではなく演習中、もしくはただ単に転んだ瞬間を撮ったものだろうという投稿について、その根拠を教えてください。ロバート・キャパを信奉しているわけではないですが、写真との向き合いの方の参考にしたいと思います。また今後、生成AIによってリアルな映像が氾濫するようになった際には真実という概念が崩壊するのでしょうか。それとも、どこから発信された情報を信じるか(政府・大学・SNS)という判断が思想と化して、世の中の分断が深まるのでしょうか。併せて考察をお願いします。

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04月14日

映画『君たちはどう生きるか』と『オッペンハイマー』はどちらも戦時中の話ですが、いわゆる戦争映画のような凄惨なシーンはほとんどなく、戦争について問いかけるような内容だったと思います。戦後時間が経ち、先の大戦も「歴史」になりつつあるとか、SNS時代、凄惨な戦場の映像は嫌でも目に入ってくるから、映画は理知的な方向に向かっているとか、いろいろ考察できますが、高見さんのお考えを伺ってみたいです。

東京藝術大学お嬢様部OGOBさんが

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2022年06月17日

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ご丁寧にありがとうございます!大変参考になりました。アドバイスをもとに学習計画を立ててみます。

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2022年06月17日

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知識があると困難の乗り越え方も変わってるくると思わせる素敵な御回答、ありがとうございます。 創作される方は私達が想像もつかない異なる困難があるかと思いますが、陰ながら応援しております。 早速2つ心がけてみます!ありがとうございます!

東京藝術大学お嬢様部OGOBさんが

最近答えた質問

9時間前

はじめまして。 最近作家活動にあたりインスタグラムなどで展示募集などを探しているとよく「1次審査無料!2次審査は別途料金ウン万円かかります」と書かれているのを見ます。 公募展などでも出来レースがあると聞く中、 これは誰でも1次審査は通って、二次審査のお金をただ巻き上げるとしか思えないと思うのですがいかがでしょうか? また、出来レースの公募展などの見分け方などはありますか?

9時間前

これは態度そのものを否定するわけではないのですが、美術に携わる方で政治的な社会に対する発言や準ずる活動に参加はしつつも、作品自体はモダニズム絵画、絵画のための絵画を制作される方を多々みます。 制作と普段の発言自体をはっきりと区別したい気持ちは想像できるのですが、制作で1ミリもその思想を感じさせず、純粋な造形美を追求する姿勢に対して、「なぜこんなにもくっきり分けるのだろう」と不思議に思うことがあります。 過去のアーティストでもそういう方はおられたのでしょうか? また、なぜ分けると思いますか? ご回答良ければお願いします。

10時間前

ごきげんよう。 大吉原展の感想など教えていただきたいです。 また周辺に立寄るべき場所などがあればそれもお願いします。

東京藝術大学お嬢様部OGOBさんの

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05月01日

ジャン・コクトーは好きですか?

2022年12月09日

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上野公園でそれなりに旨いコーヒーをテイクアウトできる店知りませんか? セブンと激込みのスタバしか無くていつも困っています

2023年04月18日

屏風絵の対立構造って、龍vs虎ばかりでつまんないですわ。 もっと他の動物が対峙してるものがあったら、教えていただきたいですわ。