主にfMRIを使用していますが、時折脳波(ERP、ダイポール、信号源推定等)も使用する研究者です。
巷に蔓延る「脳波で〇〇」のほとんどがインチキであることは事実ですが、脳波自体はそこまで貶められなければならないほど、信用に足らない指標ではありません。
「PCの温度変化から内部処理を推測する」、「PCのファンの音から内部処理を推測する」との例えですが、以下3点より妥当な例えではないと考えます。
1点目です。十分に条件制御されたタスクの遂行下における応答(条件差)を検討するのであって、参加者が何を考えているか全く分からない状況下でのpassiveな測定から処理過程を推測しようとするものではありません。「PCの温度変化から内部処理を推測する」などの書き方は、脳波研究が後者を試みているものだという印象を意図的に流布しようとしているように見えます。どちらかと言うと「ソースコードが分からない (絶対に直接観察できない) アプリケーションの処理過程を調べるために、あらゆるパターンの入力を試しながら、応答時間と発熱反応を測定することで、少しずつ理解を深めようとする活動」の方が我々の仕事に近いと思います。気の遠くなる作業であることは事実ですが、現在の技術ではソースコードやCPUに直接アクセスできませんのでやむを得ません。
2点目です。「PCの温度変化から内部処理を推測する」との例は、脳波が持つ空間分解能を表現していません。脳波はfMRI等と比較すると空間分解能が極めて悪いことは事実ですが、それでも僅かには信号源を推定できるだけの空間情報を持ちます。CPUの例で言うならば、非常に大まかにであれば、記憶装置、演算装置、入出力装置のどこが、いつ、活動したのかの目星がつけられることと類似します。この点で、ファンの音や発熱反応よりも豊富な情報を持つと言えます。(VEP, ERPの例として, C1: 初期視覚野の活動、P1: 高次視覚野の活動(例えば、注意によるゲイン調節)、N1 (N170): 知覚的体制化(顔の場合信号源はFFA)、N250: 視覚的長期記憶との照合プロセス…など)
3点目です。脳波はMEGと同様に極めて優れた時間分解能を持ちますが、その利点に全く言及されていません。上記のVEP, ERPの様に、刻一刻と進む認知処理を反映する成分の蓄積は豊富です。
またこれらとは別に、ご指摘されているS/N比についても、目的により、そこまでシビアに高めなければならないというわけではありません。例えばP3やN400など振幅の大きい成分を「指標」として用いるのであれば、体動や筋電こそ制御する必要がありますが(それもシビアでなくても良いと思いますが)、電磁シールドはされていなくてもおそらく大丈夫です。私は使用しませんが、入力インピーダンスの高い機器であれば、ドライ電極でも十分に検出可能です。このことを無視して、脳波研究の「必須な条件」として厳しい水準を羅列し、それらを一つでも満たさなければ「まともなデータが取れない」と証拠の提示なしに言い切るのは、科学的態度と言えるのか疑問です。
もし脳波研究に並々ならぬ懐疑心があるようでしたら、ぜひ我々の領域内で再現性が確かめられているとされている知見を反証されると良いと思います。
自分はfMRIでも脳波でも脳磁図でも査読論文を出したり学会発表したことがあるので、言いたいことは分からなくもないんですが、まず最初に「自分にとって都合の良いところばかり見て都合の悪いところは全て無視する」という行為は後でしっぺ返しが来るのでやめられた方がよろしいですよ、と言っておきます。
その上でコメントすると、まず今回論われている脳波研究は加算平均してノイズを低減できる誘発・事象関連電位ではなく、生のリアルタイム脳波に対するウェーブレット変換などで得られたリアルタイムの時間周波数領域での知見(しかもそれを機械学習でどうにかしようというものが多数)に基づくものが多く、そもそものS/N比含めて測定系・信号処理系全体に問題が多いケースが殆どです。それは、現在実用化に近い脳波BMIを見ても皮質外測定のものがほぼ皆無で、皮質内測定のものばかりが目立つことからも明らかでしょう。
次に「実験条件を適切に統制できれば中身もある程度以上分かるはず」というのが「真ではない」ということは、脳機能画像研究の世界では「逆推論」の問題としてここ20年に渡って散々指摘されてきているはずです。即ち、単一の賦活部位や電位変動などに対して「〇〇にとって重要である」と推論することはしても、それらの逆、つまり「この部位・電位が賦活したから〇〇が起きている」という推論が出来ているケースは極めて少ないという話ですね(tMS, tA/DCSの話は一旦傍に置きますが、それらにはまた固有の深刻な問題があります)。fMRIだとprecuneusの賦活が典型例で、確か10個ぐらいの認知機能に関連していて逆推論が不可能になっているはずです。
「脳波や脳磁図でも信号源推定もできるし時間分解能も高い」という話ですが、例えばClinical Neurophysiology誌などに大昔から掲載されている脳波・脳磁図の信号源の生理的起源に関する論文群を読むことをお勧めします(生体ブタを使った実験が有名です)。そもそも、信号源推定は「信号源」を推定しておらず、脳全体から発せられる電磁場の流れの中心位置を、シナプス群の配列によるバイアスを受けながら(そして脳波なら組織ごとの誘電率の差に影響されながら)、推定しているだけです。なお、知覚・認知に関連する電位コンポーネントについてですが、その知見はここ数十年変わっていない(新たに追加されるものが殆どない)という認識です。むしろ既知の電位のタスクによる変動を見るのがメインだと思うのですが、結局それも逆推論の問題に冒されている気がします。
脳波測定系の問題ですが、そもそも自分が理研脳センター時代に同僚から指導されながら散々検証させられたので、基本的にはその時の経験に基づいて述べているものです。実際、シールドルームの有無でも比べたりしてますが、面白いぐらい周囲の研究室の電子機器からのノイズが乗ります。試しに周囲の研究室に誰も人がいない時間帯に測定してみたら、綺麗にノイズが減ったのを覚えています(同様の理由で脳磁図も地下鉄の終電が過ぎた後だとノイズが減るという話を大学院時代に直接聞かされた)。ちなみに余談ながら、自分は脳波fMRI同時測定もやっていたので、ノイズが何万倍にも増幅される環境に常時置かれていたことで「何がノイズに繋がるか」には敏感になったものです。
最後に、再現性の問題を挙げておきます。結局、何をどう言ってもintra-subjectにおける測定上の問題を解決するのは限界があるので、ある程度以上被験者を多数集めてinter-subject varianceを覚悟した上でノイズを丸める、ということをするのがこの業界の通例だと思います。しかしながら、そこの部分にQRPsが業界を挙げて蔓延しており、「再現成功率が5割以下」など厳しい批判を受けていたり、中には業界内部からも自己批判の声が挙がっているということは論を俟たないでしょう。
https://tjo.hatenablog.com/entry/2022/07/06/170000
自分が知る限りでは再現性問題が叫ばれるようになったのは2015年以降だと思いますが、それ以後例えば脳機能画像分野の論文で「サンプルサイズ(被験者数)設計の根拠」を明示したものが増えたという話を寡聞にして知りません。
結局のところ、測定系の妥当性について議論するのはそれ「も」(サンプルサイズ設計やサンプル取得のランダム性などに加えて)再現性にかかわるからであり、その再現性が「理論上5割未満」などと批判されているようではどれほど測定系に(問題があったとしても)「問題がない」と論じたところであまり意味はないように思われます。自分が知る限りでは、日本国内でこの問題に業界内で真摯に取り組んでいるのは京大の神谷さんのラボだけです。
https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.2000797
蛇足ですが、老婆心ながらfMRIの問題点についても指摘しておきます。BOLD信号の起源に関する研究は古くからあり、最も著名なのはLogothetisのグループが長年展開しているものだと思います(2001年にNatureにfull paperで載ったものなど)。サル脳に電極を刺して電気生理測定をしながらfMRI測定を同時に行なってその性質を調べるというものですが、それを見る限りではfMRIにもかなり多くの問題があります。昔から知られているのは「太い血管が多い箇所に反応が出やすい」というもので、他にもneuromodulation即ち「脳全体の代謝レベルの変動に左右されやすい」というものもあります。負のBOLD信号という問題もあったりします。これらは当然ながら測定されるBOLD信号(の賦活)に影響するわけで、なればこそ適切なサンプルサイズ(被験者数)を集めたグループ解析で全体の傾向をつかむ必要があるわけです。しかし、それもまた先述したようなQRPsによって歪められるのが日常茶飯事であり、もはや何を見ているのか分からないと言っても過言ではないでしょう。