ワールドカップ期間は「世界の審判の質が高い」などという投稿が散見されていて、これにやや違和感を覚えます。確かにJの審判とワールドカップ本選の審判の間には力量や経験の差もあるとは思います。
自分が気になるのはそこではなくて、全体の強度の基準についてです。
私は普段ずっとJリーグを見ているのですが、ワールドカップでは審判が平然と流したシーンも流石にラフプレーでは、みたいなことを感じるシーンが多々あります。
世界基準に追い付くために必要だからと言われればそれまでなのですが、Jの審判の基準もそれはそれで素晴らしいと感じていて、世界基準に迎合しすぎるのも良くないのでは?と感じてしまいます。。。
OTCさんの「強度を高める」という潮流に対するお考えと、日本と世界の審判の基準の差についての考えをお聞きしたいです。

OTC公式さん
まず、「世界の審判の質が高い」は主語が大きすぎて、めちゃくちゃ違和感ですね。Jリーグでやったらめっちゃ叩かれるシーンとかありますよね。ただでさえ指を指すだけで叩くサポーターいるのに。
判定基準については、JFAも競技の方向性に合わせて変化させてきた印象があります。例えば、危険なタックルを減らす方針を打ち出した時期には、序盤は危険なチャレンジを積極的に退場処分にしていました。その後、選手やチームが適応するにつれて、より競技の強度を維持できるような運用へアジャストしてきたように感じます。つまり、判定基準は絶対的なものではなく、リーグがどのようなサッカーを目指すかによって変わるものだと思っています。
ワールドカップのような国際大会では、競技性がより重視されるため、審判も異議をあまり認めず、不要なコミュニケーションを最小限にして、試合を淡々とコントロールする印象があります。一方でJリーグは、選手とのコミュニケーションやマネジメントを重視する文化があり、サポーターもそうした審判像を求める傾向があるように感じます。
そのため、「世界基準」に合わせること自体は理解できますが、審判だけが世界基準になればいいという話ではないと思います。例えば笠原主審は、プレーを流す基準や異議への対応など、比較的グローバルな基準でレフェリングをしている印象がありますが、そのたびに議論や批判が起こることも少なくありません。
結局のところ、世界基準に近づけるのであれば、審判だけではなく、選手・監督・サポーターも含めたサッカー文化全体の意識が変わらなければ、本当の意味で定着するのは難しいのではないか、というのが私の考えです。