先生のブログをかれこれ10年以上愛読しています。すくなくとも私は、ありとあらゆる場面で助かっており、最近先生がかかれている若手研究者(もしくは学生)の質問にこたえる記事も、いつも楽しく読み、勉強しています。また先生のブログ記事のなかにある、ある意味で努力(と言えばいいのかわからないが)すればなんとかなるんだということ、言語化されていない点を明快に言語化しておられるところなどとてもいい意味で私に刺さります。たぶん、ひと昔前の大学教員の多くは、研究指導を明示的にされるタイプの方は非常にまれだったのかなと思います。レポートの書き方、問いの立て方、論文の書き方、あらゆるすべてのことについて、学生自身が考えることが強く推し進められ、それができないならば研究は続けられないね、となっていたというのが体感です。でも、本当の研究者養成や研究を指導するということ、授業について省察するということは、まさに先生がブログでやられていることであろうと思います。またどこかでお会いしたときに直接(ひっそりと)お礼を伝えます。どれぐらい「愛読」している人がいるかはわかりませんが、きっと悩んでいる多くの人を助けていることは間違いありません。ひとことでは伝えきることは難しいですが、「ありがとうございます。これからも楽しみにしています」というのが言いたかったことです。

Tamさん
10年以上って本当に私がまだ駆け出しの駆け出しの頃からですね…ありがとうございます。
正直、私がブログに記事を書いても閲覧数が3桁になる事は稀です。もちろん、時間が経つにつれて徐々に増えてはいきますが、公開後すぐに反響があるような記事は年に一本あるかないかくらいなんです。でも、別にバズ狙いでやってるわけでもないので、どれくらいの人に読まれているのかはあまり気にしないようにしています。
そういう中で、こうやって反応をいただけるだけで本当に嬉しいです。
数はまだまだ少ないですが、学部のゼミ生やMのゼミ生を指導するようになって私自身が驚いていることは、私自身がかなりコミットするというか、かなり介入的指導をしているということです。私は研究に関しては放牧タイプで育ったので(全寮制大学院だったので先輩の指導はかなりありましたけど)、先生に手取り足取りって感じではなかったんですよね。
私の信念的にも、学生の自律性を重視したいと思ってるのですが、毎週ゼミを録音して書き起こした内容を見ていると(学生には許可をもらっていて、主に自分が言ったことを忘れがちなので記録しています)、まあまあ介入してるんですよね。自分の経験の反動なのかもしれないですけど。
進学希望の連絡とかもらった時も、本気で受かろうと思ってるならこんくらいのレベルまで来てもらわないと厳しいですねってまあまあストレートに、かつ、結構丁寧にフィードバックしてると思います。それはお互いのためにってこともあるんですけど。
意欲さえあれば何とかなるところまで引き上げますんで頑張ってついてきてねって感じなのですが、それがtoo muchになってないかどうかみたいなのは気にしてます。もっと経験積んでいかないといけないなと思います。この感覚は、指導経験無しでは絶対に出てこなかったと思うので、もっと早くM指導ができてたら今どうなってたかな、みたいなのも思いますね。もちろん、資格を得られても、志望者いなかったら指導できないわけなんですけど。
なんか長々と書いてしまいました。寝ます!おやすみなさい!