ネルさん、初めまして。おそらくネルさんと近い年代の官僚です。
数多のネルさんの仕事に対する向き合い方やアドバイスを拝見する中で、そのほとんどに強く同意しており、日々学ばせていただいています。
その上で、社会保障財源についてお伺いしたいことがあります。
もちろん、給付の適正化や効率化の努力は今後も続けるべきだと思っています。
ただ、いわゆる「自然増」と呼ばれる高齢化に伴う医療・介護費の増加については、国民的な多数が大きな給付削減を支持しない限り、現実には抑制に限界があるとも感じています。
その前提に立つと、現役世代の賃金に強く依存する社会保険料を引き上げ続けるより、消費税のような広いベースの税に一定程度シフトする方が、雇用や賃上げへの悪影響が小さく、世代間公平の面でも望ましいのではないかと考えています。高齢者や観光客、資産取り崩しによる消費にも一定の負担を求められる点も理由です。
また、大学時代からの知人で、大企業・投資・アドバイザー業などで高い成果を出している民間の方々と話していても、この点には一定の同意を感じるところです。
一方で、消費税の逆進性などの課題も理解していますし、この二択に選択肢を狭める意図もありません。給付の適正化、自己負担のあり方、医療・介護提供体制の改革、資産課税など、別の軸でより重視すべき論点があれば含めて、ネルさんのお考えを伺いたいです。

ネルさん
初めまして。
社会保障費や税制については、宗教や神学論争であるため、何が正しいかの議論をすることにあまり意味はないと考えています。
そのうえで、私がどのような宗教を信仰しているかという話をするのであれば、以下のとおりです。
1 国家も予算制約を考慮すべき
2 日本はもはや裕福ではない
3 長寿は美徳ではない
4 消費増税について
5 政府と官公庁には裁量がある
1 国家も予算制約を考慮すべき
経済学において、資源は有限なものだと考えられています。お金にしても、労働力にしても、無限に得られるわけではありません。民間部門は、限られたお金やヒトを使って、できるだけ多くのことを達成しようと試行錯誤しています。
政府や官公庁の関係者は、この努力があまりにも足りません。お金や労働力が、湯水のように湧いてくると考えている人(少なくとも、民間部門の人たちからそう見える人)が多すぎます。やりたいこと・やるべきことを先に決めて、それを実現するために必要な税金や労働力を、無制限・無秩序に徴収しているようにしか見えません。
本来は逆であるべきです。適切な水準の税収を先に決めて、その税収の範囲内でできることを最大化すべきです。
2 日本はもはや裕福ではない
政府や官公庁の関係者が、1のような欠点を抱えているのは、日本の豊かさに関して誤解があるからではないかと考えています。現代の日本は、かつてほど豊かではありません。国民全員が豊かになるという夢は実現せず、誰かが豊かになれば、誰かが貧しくなるというゼロサムゲームに近い状況にあります。
したがって、政府や官公庁の関係者は、誰を豊かにし、誰を貧しくするかの判断を迫られています。そのような中で、現在の政治が選んでいるのは、低中所得の労働者から豊かさを簒奪し、老人や無職の人に豊かさを提供するという方針をとっています。これはあまりにもフェアネスに反します。誰かが貧しさを強いられるのであれば、それは当然、老人や無職であるべきです。
特に、現代のようなゼロサムゲームを打開したいならなおさら、労働者や資本家に投資をすべきです。老人を含む無職にばかり資金を提供しても、経済成長には一切繋がりません。我が国の衰退に拍車がかかるだけです。
3 長寿は美徳ではない
そもそも論としては、私は長寿を美徳だとは考えていません。平均寿命が延びることは、何ら好ましいことではないと考えています。長寿を美徳するのは、儒教などの一部の宗教の思想であって、日本人の思想でもなければ、憲法などに明記された公理でもありません。自然界共通の掟でもありません。
もっといえば、平均寿命の適正化という考え方があって然るべきだと考えています。平均寿命は短すぎても長すぎても好ましくないという考え方です。例えば、平均寿命を80歳まで短縮できれば、我が国が抱える問題の大半は解決できるでしょう。社会保障費は大幅に削減されますし、医療・介護に奪われている労働力も民間部門に戻ります。
もちろん、個々人の思想として、長生きしたいというのであればすればよいと思います。ただし、それは趣味趣向の範囲内ですし、純粋な贅沢品なので、個人のリソースでやるべきです。税金を投下する必要はありませんし、(公的介護保険制度を含む)国の制度でやるべきことではありません。
4 消費増税について
ご質問いただいていた点に直接お答えすると、私は消費増税に賛成です(ただし、社会保険料の削減などと組み合わせる前提です)。消費増税の話をすると、二言目には逆進性が云々という人がいますが、それの何が問題なのか一切分かりません。
所得税が急激な累進課税となっており、税サービスには厳しい所得制限が課されているのですから、その他の税制が多少逆進的であったとしても、税システム全体としては今でも過剰なほどに累進的だと考えています。消費増税は、逆進的だから問題なのではなく、「過度な累進性を解消できるから好ましい」と捉えるべきでしょう。
そもそも論の話をすると、応能負担が妥当なのかどうかについても考えたほうが良いと思います。確かに、歳出の大部分が公共事業や成長投資だった時代においては、応能負担も正当化されるでしょう。しかし、歳出の大部分が社会保障である現代の日本においては、応益負担のほうがむしろフェアではないかと考えています。
1の観点と組み合わせるなら、「ある程度は応益負担で課税したとしても、低所得者層が健康で文化的な最低限度の生活を営めるような課税水準」こそが、政府に課されるべき予算制約ではないかと思います。それ以上の税収が必要な政策は、我が国の身の丈に合っていない政策だということです。
5 政府と官公庁には裁量がある
社会保障制度の是正について、ご質問文では、「国民の大部分が支持しないかぎり、抑制に限界がある」とご記載いただいていますが、本当にそうなのでしょうか。
少なくとも、高額療養費の所得制限だとか、厚生年金の流用だとかは、「国民の大部分」の支持に基づいて行われたとは到底考えられません。そもそも、社会保険料は税金ではないとか、社会保険料の会社負担分は人件費ではないとかという詭弁も、国民の大部分が納得しているわけではありませんよね?
一国民として、そして、そこそこの金額を納税している一納税者として、社会保障制度には、政府(場合によっては官公庁を含む)に大きな裁量があるように思えてなりません。少なくとも、その意思決定のプロセスが、広く透明に説明されているとは、全く以て評価できません。石破前首相の「自民党は公約を守ったことがない」みたいな発言も、政府に裁量があるからこそ出てくる発言だと思います。
ご質問者さんのいう国民というのは、本当に国民なのでしょうか。一部の政党関係者とか、ロビー活動家とか、そういう人たちを国民と呼んでいませんか。その「国民」には、私のような一般労働者も含まれているのでしょうか。多くの民間部門の労働者たちが、同じ疑念を持っていると思いますよ。自分たちは、「国民」に含まれていないんじゃないかと疑っています。
もし、ご質問者さんが、「社会保険料は税金ではないし、大部分の国民は現行の税制や保険制度に納得している」などと本気で考えているのであれば、その邪悪で粗末な頭を疑ったほうが良いです。その場合、私はあなたを心の底から軽蔑します。そうでないことを祈っております。
以上を踏まえて、その裁量を活用し、フェアな政治を行ってほしいですね。