日系の上場企業で同時通訳者として働いている30才の男です。
これまで正社員の社内通訳者として働いてきましたが、正直正社員の通訳者ではなかなかキャリアアップが望めないのと、フリーランス通訳者になる勇気もなく、数ヶ月前から今後のキャリアについて考える中でIRという職種に興味が湧いてきました。
会社のIR面談に通訳として数回入っことがあるのみで、恥ずかしながら専門的な知識はほぼないのですが、数年以内にIRチームに社内移動をしたいと思っています。
下記の質問にお答えいただけますと幸いです。
1. IR担当者になるためには財務・会計の知識が必要だと認識していますが、中田さんがこれからIR担当者を目指す初学者にお勧めする財務・会計関連の書籍はありますでしょうか?(下記の書籍は既に読了しました
・IRの基本
・IRベーシックブック
・イチから知るIR実務
2. 現在の年収は800万円弱なのですが、IRという職種で30代で年収1000円超を達成するのは難しいでしょうか?
3. 通訳者という全く異なる職種からIR担当者をこれから目指すにあたって、心構えやアドバイスをいただけますと幸いです。
IR担当者の道、応援しております!すでに私が推薦している本3冊すべてお読みになっているあたりに本気度と誠実さを感じます。『IRの基本』でも浜辺さんが書かれている通り、今後のIR担当者にとっては英語力は必須ですから、その点で質問者さんは間違いなく2歩くらいリードしていらっしゃいます。
1.基礎知識としては、証券アナリスト試験と簿記2級の勉強をお勧めします。IRのためには財務・会計の深いところまで理解している必要はあまりなく、それよりもコーポレートファイナンスの観点で企業価値をざっくりと理解するロジックの理解が必要です。そのためには証券アナリストの試験が基礎的な範囲を網羅してくれていてとても良い教材になります。コーポレートファイナンスについてはこちらの本がとても有益ですから是非ご一読ください。
https://twitter.com/paddy_joy/status/1583840452809146368
簿記については、社内の会計・経理関係の人と会話する時に必要になります。なぜこの数値がこんな値になっているのか、ということを投資家から聞かれた時に財務や経理の知識がないと回答できず、そしてその数字を作っている財務・経理の担当者の話を理解するためにも簿記の基本的なところまでは理解しておいた方が良いでしょう(簿記1級は不要です)。
なお、これらの資格を取ってからIRに行く必要はありません。いますぐ異動して、勉強しながらIRの経験を積む形でも全く問題ありません(後述)。
2.IR担当者の年収ってとても難しくて、一般にはコストセンターとみなされているためにパフォーマンスの測定が難しく、従って年収は「業界」と「会社」と「職位」という、いわゆる”椅子”で決まる要素が非常に大きいのが実情です。Indeedやビズリーチなどの転職サイトでIRの募集を眺めてみてください。年収500万円から1800万円まで幅広く募集していることが分かるかと思います。そして、求められているスキルには大きな違いはありません。1800万円は私が知る限りの上限なのですが、このクラスになるとさすがにIR部長として部を引っ張っていくスキルが求められます。が、1,500万円くらいまでなら普通の担当者であっても可能です。それはとりもなおさず「そういう年収を出してくれる会社に行く」ことが重要になってきます。ですから、社内異動でIR担当者になってどれくらいの年収になるのかはいまいらっしゃる会社の人事の人に聞いてみる(あるいは聞き出せるのであればIR担当者から直接聞く)しかありません。
とはいえ、いちどIRの経験をすると転職しやすくなりますから、将来的なアップサイドは望めるでしょう。私自身、企業のIR担当者の採用をしていた立場でしたが、本当に業界の中で人が足りないので、一度「IR経験者」になってしまえば転職先の候補は数多あります。その中で給料が高いところを選びましょう。よく「証券アナリストはキャリアップに使えない」という話があり、私もその点には基本的に同意はしますが、しかし採用側としては証券アナリストを持っている人には一定の安心感は間違いなくあります。残念なことに日本のIR担当者は概してレベルが低く、簡単な計算さえできないことがあるため、最低限の財務・経済・コーポレートファイナンスの知識があることを証明してくれる資格を持っていることは転職でも有利です。
3.実は私も一時期出向のような形で企業のIR担当者を務めたことがあったのですが、その時に痛感したのは「IRの仕事の9割は社内調整」ということでした。私はてっきり投資家とのコミュニケーションが主な仕事かと思っていたのですが、その時間は全体の1割もなく、他の9割はひたすら「どの数字なら開示して良いのか」という折衝や、「こういう数字を開示すべき」「経営方針はこうすべきと投資家は言っているがどこまで対応できるか」という、社内関係者(事業部や経営陣)とのすり合わせです。こういう仕事がどれだけ苦痛なくできるかがIR担当者としての成否を大きく分けると言っても過言ではありません。私はよく「IRはInvestor Relationsであると同時にInternal Relationsだ」と言っているのですが、投資家とのコミュニケーションと社内コミュニケーションの双方ができる人こそIRパーソンの上位です。その点で、「社内政治」と名の付くビジネス本や、会社の組織論を読んでみると意外にIRに役に立つこともあるだろうと考えられます。そしてもちろん、最も鍛えられるのは実践だからこそ、「勉強してから数年後にIRに異動しよう」ではなく今から異動してしまったらよいと思います。上記の通りIRはどの会社も人材不足ですから難なく異動できると思いますよ。
私の経歴にやや非公開情報が入っているためTLからは削除しますが、追加質問はいつでも受け付けますしDMでも構いません。IRの優秀な人材が足りない中で、日本企業の企業価値向上のためには気概のあるIR担当者の存在が非常に重要ですから、心より応援しております。IRは投資家と企業の経営陣という、非常に視座が高い議論に日々接することができる職ですから、いずれご自身が経営をしてみたいと思うようになってくることもあると思います(今の会社であれ、自分で設立した会社であれ)。その点でもお勧めしたい職業です。