数年前からTwitterと質問箱を拝見しており、いつも的確かつユーモア溢れる文章を楽しく拝読しております。
勤め先の民間企業から中央省庁に2年間出向することとなり、初めて質問させていただきたく思います。
私は新卒入社したJTCで入社7年目のアラサーです。勤め先では人事交流をより積極的に行うことなり、中央省庁への出向第一号に私が選ばれました。労働組合の幹部としても非専従で活動しているのですが、春闘での私の交渉の様子を見て、人事担当役員が推薦してくれたとのことです。リップサービスもあるのでしょうが、人事部からは「会社として将来の活躍を確実視しているあなたに行ってもらいたい」とお伝えいただき、出向のお話自体は大変ありがたく名誉なことですし、業務内容にもとても関心があるため、夏から2年間出向することになりました。妻もJTC総合職ですが、やりたいことならと背中を押してくれ、2年の間に出産を考えています。
出向のお話を受けた後に言われたのですが、出向中は制度的に中央省庁の給与と福利厚生で働くことになるため、給与の手取りベースでの較差補填が行われます(額面ベースでの給与差は最大500万円程度/年と想定)。会社からは出向前に1年分、出向後に残り1年分の補填を提案され、前払い分の対象期間に退職した場合は返済する旨の覚書が必要になると言われました。私は昨年結婚したばかりで2年の間に住宅購入や子育てもあり得るため、せめて2年分一括で出向前に受け取りたい旨を伝えました。NPV的には私に有利な内容であることは承知しています。
ここからがご相談となります。
1.できるだけ本来の給与と経済的にイーブンに出向するためには、どのように会社と調整するのが望ましいでしょうか。
現時点では①やはりライフステージ上重要な時期であり、一時的であってもこれほどの給与減少は生活の上で想定していないため今後の出向者のためにもご配慮いただきたい、②覚書による1年分の前払いができるなら2年分もできるはずであり、私の親による返済保証差入も可能、と改めて伝えようと思っています。
2.また直属の上司(≠人事部)には、「出向後のキャリアについては希望を聞いて配慮する」と言われていたため、人事部にもその旨を確認の上、かねてより海外駐在を希望している旨を推薦してくれた人事担当役員にも出向前にお伝えしようと思っています。
3.なお出向中は給与減少に伴いローンの与信枠も大幅に下がる見通しであり、流石に会社も与信枠のサポートはしてくれないでしょうから(本当は与信不足分を保証してくれたら一番ですがテクニカルに可能かも不明ですし流石に求めすぎと思い)、仕方ないものと考え、住宅購入の際は上記前受金と親からの支援で乗り切るつもりです。居住用を買った後に投資用も買おうと思っていましたが、出向が終わり本来の年収に戻るまで後者は難しそうです。
長い文章になりましたが、上記1-3につき足りない視点がないか、追加的に講じられる策はないかなど、中田さんのお考えを伺えますと幸いです。
お仕事もご家庭もTwitterもお忙しいところ恐縮ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

中田:‖さん
返答が遅くなってしまい恐縮です。質問者さんが社内でとても期待されている人物ということがよく伝わってきました。より高い報酬を求める姿勢、応援します。日本人の給料が上がらない根本的な理由は労働者が高い給料を希求していないからだと思っています。ただ、そうであっても、好意的な評価をしてくれている上司や会社に対して強硬な姿勢を見せてもあまり良いことはありません。強かに、でも穏便にアプローチしましょう。
1. 「経済的にイーブンになるように」とのことですが、ご自身でも「NPV的には有利」と書かれている通り、会社からのオファーはすでに質問者さんに有利なものになっています。500万円を1年早く受け取れることの効果は、翌年分の受け取りが1年遅れることよりトータルでは大きな福利効果をもたらしてくれるでしょう。2年分を一括で受け取るとなるとそれは実質的には昇給を要求していることになり、ハードルは高いと思います。さらに言えば、現状のオファーでも実質昇給になっていると見られ、周りから見て昇給には見えないように「2年目については1年遅らせる」というスキームを使うことでイーブンに見せている(他の社員に対して「これは公平な取引だ」と言いやすくしている)のだと想像しました。なかなか賢いやり方です。
「生活上大変な時期なので給与減少は耐えられない」というロジックは、差額の補填が行なわれるのであれば給与が減少していないので交渉の材料にはならないと思われます。親による返済保証についてはアリかもしれませんが、これも覚書の時点で返済義務があることは前提なのであり、上記の通り2年目分を1年遅らせているのは他のロジックが働いているからと見られます。踏み倒しを恐れているのではなくて、優秀な質問者さんに是非とも帰ってきてほしいからこそ、後で支払うというスキームになっている可能性も大いにあります。こういった別のロジックによって1年分は後払いになっているのであれば、やはりあまり効果はないでしょう。
2年一括ではなく、1年毎に1年分の前払いをしてもらうという方法は折衷案としてアリかもしれません。この場合であっても「質問者さんに戻ってきてほしいから後払い」などのロジックの場合はあまり効果がないのですが、2年分前払いよりは「実質昇給」感は薄れるので社内で検討しやすいと見られます。
2.人事について配慮してもらうことはアリですが、これまで20年近くにわたって人事を見てきた身としては、人事ほど水物なものはなく、いくら上司や人事役員が信頼できたとしても100%の保証はないと思った方がよいでしょう。2年後に世界がどうなっているか、会社がどうなっているのかは役員も知り得ないことであり(たとえばまたコロナのようなパンデミックが来たり、このキナ臭い世界情勢が悪化したり、海外事業が傾いたりして海外駐在自体が控えられるようになるかもしれません)だからこそ確約はできないのです。ただ、単純に約束を忘れているだけという場合も多々あるので、そういうケースを防ぐために一筆書いてもらうのはアリですね。何ならただのメールでも構いません。折に触れて「あの時のお約束、今でも感謝しています。海外で貢献できる日を心待ちにしています」と事あるごとに御礼の体でリマインドするとよいでしょう。
3.ここが一番のポイントですが、住宅ローンの与信はおそらく下がりませんよ。補填が行なわれるのであれば補填分も給与所得として課税されるわけですから源泉徴収票に記載される給与所得は変わりません。それどころか500万円分前払いしてくるのであれば一時的に1年目の年収は額面的には上がっているように見えるはずで、与信枠が上がる可能性さえあります。銀行によって与信の考え方は異なるのですが、出向の給与補填はよくある話であり、そして出向であれば元の会社に戻れるわけですから、少なくとも元の会社で得ていた給与での支払い能力はあるとみなすのが普通であり、補填が行なわれているのであればなおさらディスカウントしてみなす正当性がありません。まして出向先が中央省庁であれば属性的には完璧です。
ですから私のお勧めは、今すぐに、あるいは出向1年以内に家を買ってしまうことです。とりあえずめぼしい物件で複数の銀行でローン審査をしてみましょう。今の年収でどの程度の家が買えそうかがわかりますし、出向時の扱いについても銀行の見解を得られます。お子さんも望んでいらっしゃるとういことであれば、最初から広めの家を買ってしまいましょう。投資用不動産も良いのですが、何より「他の人も住みたいと思うような家」に住むこと自体が大きなリスクヘッジになります。何かあってもその家は売ったり貸したりできますからね。もし東京にお住まいなら猶更です。
おそらく会社の方も、こういった与信的な不利もないとわかっているからこそ、「家を買いたいのに出向で給料が減るなんてひどい」という交渉はあまり響かないものと思われます。500万円が前倒しで払われるメリットを存分に享受しましょう。
4.書かれていないポイントとして、退職金や年金などの福利厚生・社会保険の扱いについては確認しておきましょう。たとえば出向や海外駐在における「勤続年数」の扱いって会社によって異なりまして、いったん勤続が途切れるとみなされると控除できる額が減ってしまって税金が上がることがあります。住宅ローンに気を取られて別の部分で損をしていることを見逃している可能性があるので、こういった福利厚生・社会保険周りも人事部と確認しておきましょう。
5.やや脇道にそれますが、住宅の購入の後押しをしたいという気持ちで加えさせていただくと、会社からの融資の制度もよく調べておくことをお勧めします。財形が一般的ですが、財形以外にも一般的な従業員融資制度を有している会社が多くあります。この融資はCICなどのクレジット会社に登録されない融資であるため、銀行からの住宅ローン融資に一切の影響がありません。しかも低金利で借りることができます(財形は影響し得るので確認しましょう)。大企業であれば年収の3分の1くらいを限度に借り入れることができ、住宅を購入する際の助けになること請け合いです。限界まで借りようとすると上司が難色を示すことがあるのですが、こういう時こそ「出向で2年間はこの制度を使いにくくなってしまうので、いまこの制度を使わせてほしい」という交渉はアリだと思います。
ご参考になっていれば幸いです。良い方向に向かうことを祈っております。もし無事に家を買えたら是非また質問箱でご一報ください。
なお、かなり具体的な内容が書かれていて質問者さんの身元が割れてしまいそうなので、TLからは削除しておきますね。