こんばんは。中田さんの事をフォローして一年程度になる者です。
先日、中田さんがnoteに投稿された物をいくつか拝読させていただきました。
中田さんが外資系企業の激務環境から抜けJTCに転職したという記述に興味を持ち相談させて頂きたい事があります。
自分はアラフォーのゆるふわ外資系勤務なのですが同世代に高学歴の激務薄給ブラック労働者(官僚・勤務医など)の友人・親族が何人か居ます。
彼らの中に、このままだと早死にしてしまうのではないかと勝手に心配し転職を勧めている人が居ます。
旧帝大以上の学歴から国家試験を経て社会人になってから15年以上も20代の時と変わらない激務環境に身を置いている方々は逃げるのが下手な人が一定数居るように思います。
激務・家事・育児で平均睡眠時間が4、5時間という人も多いのではないかと思います。
常人なら数ヶ月で辞める・倒れてしまうような労働環境でも知力と気力で耐えてしまい、30〜50代で大病を患う方が多いように思うのです。
そういう人に「あなたはもっとホワイトな環境で高給になれると思う」と転職を勧めても「そうかもしれないね」と流されるばかりです。
長くなってしまいましたが、官僚等の業務にやりがいを感じ、激務薄給に15年以上耐え続けている人により良い環境への転職を決意させるのに何か良い手段はありますでしょうか?
それともこれは外資系企業のイノベーションにある意味でフリーライドして楽をして生きている私とは違う価値観で社会人をしている全く別の生き方なので口出し無用という結論になるのでしょうか?
こちらの身勝手な発想であり本人のキャリアは本人が決断すべきというのが真っ当な考えというのは理解しますが、当人が倒れて再起不能になる前にどうにかならないものかと思慮しております。
ご心配なのはよくわかりますが、残念ながらお書きになっている通りご本人たちの思想と選択の結果なので質問者さんにできることは少ないと思います。ご友人やご親族は官僚や勤務医とのこと、そもそもそういった職業の人たちは「ホワイトな環境」や「高給」を求めていないはずなんですよ。他にいくらでも選択肢がある中でそれを選んでいるのですから。即ち、最初から職を選ぶ時に「ホワイトかどうか」「高給かどうか」という価値判断軸がない人に対して「あなたならもっとホワイトな環境で高給になれる」という説得は全く効果がないどころか、「あなたは私とは違う世界の住人なのですね」という感想を持たれているだけの可能性が高いでしょう。「そうかもしれないね」という突き放したような回答は、あなたと話しても無駄だという諦念が感じられます。質問者さんはゆるふわ外資系を選んだとのこと、まさに「ホワイトな高給」職なのだと思いますが(そしておそらくそのことをご友人やご親戚に言ってしまっているのだと思いますが)、それは彼らに対して質問者さんへの憧憬を惹起するどころか、ますます「違う世界の住民」ということを示してしまっているだけだと考えられます。
もし質問者さんにできることがあるとすれば、せめて主語を「あなた」でなく「わたし」にしてご友人やご親戚に伝えることでしょう。どういうことかというと、「あなたはこうすべき」ではなく「私はこう思う・私はこうしている」に改めることです。「あなたは高給ホワイト職に転職すべき」よりも「私は高給ホワイト職で働いている」の方がまだマシです。相手への価値観の強制のニュアンスは薄まりますからね。そして、質問者さんが本当に彼らの体調を心配しているのであれば、本来のメッセージはそこであるべきなのです。「あなたが倒れたら”私が”悲しい」と。それ自体は事実であってそこに彼らが否定すべきところはありませんからね。そして、彼らが倒れて質問者さんが悲しんだところで、もしかしたら彼らにとって全く意思決定は変わらないかもしれず、彼らにとって質問者さんはその程度の位置づけだったということです。彼らにとって質問者さんは「悲しんでほしくない友人・親戚なのですか?」という問いでもあります。もし本当に彼らに体調を重んじてほしいのであれば、それは「激務の官僚よりゆるふわ外資の方が良いよ」という余計なお世話を伝えるのではなく、彼らにとって”悲しんでほしくない人”になることの方が効果が高いはずなのです。
根本的な問題は、質問者さんが「自分の課題」と「他人の課題」を切り分けられていないことではないかと推測しています。他人の課題を自分の課題だと思い込むことの不幸は数知れません。ご友人が激務だというとき、そこにある「他人の課題」と「自分の課題」を切り分けて考えて、自分の課題のみに集中すると良いでしょう。それは他人に関心を持たないということではなく、適切に他者とかかわるために重要なことです。
そういうメッセージがあるのが、ベストセラー『嫌われる勇気』なので、個人的には是非ご一読いただきたい本です。よく「お前はもう嫌われてるから『嫌われる勇気』は必要ねぇよ」という揶揄が見られますが、本書を読んだことがない人の感想だと思います。嫌われている人こそ、実はそこにある問題は「課題の切り分け」であり、本書のメッセージを受け止めることで逆に嫌われなくなることは大いにあると思っています。
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