ユニクロの賃上げ報道がきっかけで、なぜ日本は給料が低いのかについて一部界隈でひと盛り上がりしています。個人的にはシンプルに「解雇規制があるから」で終わる議論だと思うのですが中田さんはどうお考えですか?
解雇規制は日本の低賃金の背景を説明する一部であっても主要な理由ではないと考えられます。
まず根本的な認識として「日本の解雇規制は厳しい」というところからして世間の誤解があろうかと思われます。日本の解雇規制は確かにアメリカと比べて厳しいものの欧州と比べては緩い方であり、したがって少なくとも「欧州諸国より低賃金である」ことの説明には使えないことがこれだけでもわかるでしょう。
なぜ日本の解雇規制は厳しいと思われていたのかというと、大企業に限っては「会社が従業員の人生を掌握する代わりに解雇はしない」という、いわば人事権と引き換えに差し出したバーターだからにすぎません。こちらの記事に詳しいので日経アカウントをお持ちであれば一読をお勧めしたいのですが、お持ちでない場合のために抜粋要約しますと:
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC012UJ0R00C22A5000000/
「日本では、どんな場合に正社員を解雇できるのか労働法に具体的に書かれていない。解雇権の乱用は許されないという「解雇権乱用法理」の個別事例が判例で積み上げられてきただけだ。この法理は裁判官の裁量の余地が大きく、経営側には「予見可能性が乏しい」との不満がある。そもそも民法では会社は2週間前に申し出れば正社員を自由に解雇できるが、戦後の1960~70年代にかけて民法を封じる法理が形づくられた。経緯を振り返ると、新卒学生を一括採用し定年まで働いてもらう大企業の「メンバーシップ型」の雇用が法体系を見えにくくした実態が浮かぶ。戦後の大企業では、どんな職務につくのか、どこで働くのかといった社員の働き方の根幹まで会社が一方的に決めてきた。中途採用の転職市場は十分でなく、社員の多くは意に沿わない配属や異動、転勤があっても定年まで勤め上げた。解雇は社員の生活を脅かすとみなされ、裁判所は配置転換や再教育を重視し、解雇を認めない判断を重ねた。解雇権乱用法理はメンバーシップ型の大企業にとって「自縄自縛の面がある」と指摘されている」
というわけです。つまり昔も今も強い人事権を持たない中小企業は最初から解雇規制もあってないようなものであり、バンバン人が切られてきました。じゃぁそういう中小企業は解雇規制が緩いから高賃金かというとそうではないですよね。ここからもやはり「解雇規制が強いから低賃金」理論があまり説得力が高くないことがわかります。
じゃぁなぜ日本はこんなに低賃金なのか?ということを様々な学者が6年前に研究をまとめたのが本書です。スレッドにして様々な要因を要約していますのでご参考まで。
https://twitter.com/paddy_joy/status/1495429424543846402
この研究にも確かに解雇規制が賃金上昇を阻んできた側面が解説されていますので間違いではないでしょう。しかしながらあくまで解雇規制の自縄自縛をしてきた大企業の話だと考えて良いと思います。
そもそも、自社の損益計算書を見てみれば、本当に給料を上げる余地があるのかというところの検証ができるはずです。ほとんどの場合においてそもそも会社として稼げていないから給料が低いだけであって、一部の人が主張するような「配当で株主に捧げているから給料が低いんだ」論も妥当性は低いと言わざるを得ません。だったら無配当の企業は給料が高いのか?というとそんなことはないとわかりますしね。配当をしている企業でも、その額を従業員数で割れば一人当たりの給料を上げる効果は殆どないことがわかります。
たとえばTwitterでしばしばバズる「保育士の給料が安すぎる!」論ですが、試しに上場している保育園の事業を見てみれば、配当しないことによる給料のアップサイドがわかります。たとえばJPホールディングスであれば臨時職員あわせて6,400人の職員の会社で配当額は4億円ですから、この4億円を株主に還元せずに全従業員に還元したとしても一人当たり年収はわずか6万円しか上がりません。「配当のせいで給料が上がらないんだ」論者が求めているのはわずか6万円の年収アップなのでしょうか?他国に全く追いつけないので私はもっと給料を上げる方法を考えた方が良いと思いますし、それはとりもなおさず根本的には「会社が稼げていない」ことに起因します。分配の話をするのは稼いだ後にしましょう。