中田さん
初めまして。いつもTwitter、質問箱を拝見しております。
私は弁護士志望の学生であり、現在、四大法律事務所から内定をいただいています。四大からの内定があるとはいえ、現在の企業法務弁護士の就職市場は超売り手市場です。学歴さえあれば良いところに行ける状況で、四大も大量採用の時代ですから、この内定が私自身の優秀さの証明とは考えていません。四大法律事務所への入所は、極めて高い報酬と、自分の市場価値を早期に上げるうえで魅力的だと感じています。
一方で、激務で心身を疲弊させてまで本当に四大に行くべきなのか、という疑問も感じています。「20代でハードワークを経験することが、将来的なワークライフバランス(WLB)の実現につながる」という言説は一理あると思います。これは換言すれば、20代でハードワークを通じてスキルを付け、自身の転職市場の価値を高めることで、将来的にWLBが取れる転職が可能になる、ということかと思います。しかし、例えば総合商社などの定年まで勤めあげることができる魅力的な企業に入社できれば、転職市場に出ることを考えずに済むため、四大ほどの激務をせずに済むのではないかと考えています。また、現在大量採用を行っている四大に今入所したとしても、私が転職市場に出る頃には、法務人材が飽和している可能性もあります(AIの進化による需要の減退も考えられます)。
そのため、法律事務所へ入所後にどうせ中途で企業内弁護士に転職をするつもりならば、新卒で企業の法務部に入社したほうが良いのではないか。その方が、20代で激務の苦行を経ることなく、適度な残業による仕事の充実と、適度な私生活の充実を得られるのではないかと現在考えております。
単純化すると、「超激務で20代を過ごす必要は本当にあるのか」という質問です。弁護士特有の答えが欲しいわけではないので、私を戦コンに行く学生と置き換えていただいても結構です(完全にapples to applesではないかもしれませんが)。
司法試験や就職活動といった新卒の段階で必死に頑張り、総合商社などの優良企業に入社することをもって、人生の利確と見なすことは愚かなことでしょうか。それとも、まだ努力を続けるべきでしょうか。いつまでこの競争に勝ち続けるために努力し続けなければならないのか、少し鬱屈とした気持ちになっています。
長文失礼いたしました。冬の寒さが迫ってきておりますので、くれぐれもご自愛ください。
四大法律事務所か総合商社の法務かというのはなんとも贅沢な悩みです。私が好きな楠木教授の本『好きなようにしてください』にぴったりのケースですので改めて推薦しておきます。
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本書には、
・多くの人がどちらでも大差ない選択肢で迷っていること、
・それならば好きな方を選んだらよいこと、そして
・選んだ方を正解にすることの方が重要であること、
が説かれています。
他愛もないものから就職相談のような真剣なものまで、どれであっても「好きかどうか」でまずは選んだらよいのだと。迷うくらいには大差ないのですから。
その上で個人的な所感を加えるなら、「もう一つの選択肢に切り替えやすい選択肢を選んでおく」という考え方があります。おそらく、企業法務から四大事務所に行くよりも、四大事務所から企業法務に行く方が簡単なのではないでしょうか。であるならば最初に四大事務所に行っておくというのは相応に妥当な選択肢だと思います。私もこの考え方で最初に外銀を選びました。日系証券から外銀に行くよりも、外銀から日系証券に転職する方が簡単だからです。
その点で、「若いうちに激務を経験しておく」ことは私も肯定的です。正確には「子供がいないうちには」と言い換えた方がよいかもしれません。仕事以外に調整すべきタスクがないのであれば仕事にリソースを全振りすることはいくつになっても可能だからです。もちろん年を経るにつれて体力が衰えていきますのでその点で激務は難しくなっていきますが、その頃には単純な労働時間ではない企画、調整、採用、ネットワーキング等の組織的立ち位置の方が重要になってきますから、年相応の体力に応じた激務があるというだけです。そしてこの順番を逆にすることはできません。子育てを先に終えてから激務という選択肢は困難ですし、シニアになってから必要な組織牽引能力をジュニアの時点で発揮することは立場的に難しいと言えるでしょう。ならば若い時だからこそ可能な仕事にリソースを割くというのは妥当性が高いと言えます。
そして、「好きな方を選びましょう」の観点でも、おそらく自発的に選んだであろう四大事務所に比べて、商社の法務という選択肢は「なんかSNSで人気があるからそっちも考えなきゃいけないかな」のような外発的動機に見えます。それならば、まずは内発的に志した道を自ら塞ぐことはないのではと思います。最初から企業法務に行って「やっぱ四大も経験しておけばよかったかな」と思う確率と、四大に行って「やっぱ企業法務に行っておけばよかったかな」と後悔する確率はどちらが高そうでしょうか?内発的動機を捨てる方がおそらく後悔が大きいと思います。
加えて、四大事務所が大量採用時代とはいえ相応のハードルはあったはずで、それを「売り手だから」と過小評価してしまうくらいに簡単に超えられたのであれば、それはご自身に向いている道である可能性の証左ではないかと思います。自分が簡単にできることを他人(この場合の「他の人」の母集団は四大に受かった同期ではなく新卒で大手企業の法務部に採用される人全体を思い浮かべてください)が簡単にはできないことなら、まずはその道を試してはいかがでしょうか。
最後に、本書には一つだけ「好きなようにしてはいけない」という助言があります。それは「過労で死にそうだがどうしたらよいか」という質問に対する答えで「すぐ休め」という回答でした。倒れてしまう道を「正解」にすることはできませんからね。
ですので、四大事務所(かどうかわかりませんがご自身が内発的に選んでみたい道)で頑張ってみつつ、あまりに大変なら他の道に切り替えるのが良いのではないかと思います。ご武運を祈ります。